和尚のちょっといい話
3月9日は「感謝をささげる日」言い換えれば「サンキューデー」とは和尚が勝手に決めて、徹底的にお部屋の整理整頓をしてみましたが、結構気分の良い一日となりました。日用品を整理する為の棚や小箱を求めて近くのホームセンターを訪ねましたが、レジの女性店員さんの余りにも笑顔が素敵で丁寧な対応にまず今日最初の「有り難う」の言葉。その女性に近場のガソリンスタンドの場所を訪ねたところ、これまた親切な応対で2度目の「有り難う」の心。スタンドではセルフサービスながらスタッフの若き男性の方が一つ一つの所作を分かりやすく教えてくれて、3度目の「有り難う」を言いました。買い物を終え、寺に戻って早速に部屋の整理整頓にあたりましたが、小物入れ整理箱のおかげでスムーズに片付けが出来て思わず整理箱さんに「有り難う」って呟きました。こんな風に一日を過ごして行くと、数えきれない程の「有り難う」の気持ちを持って過ごしている事が良くわかります。考えてみればどれだけ多くの感謝の気持ちを表すことが出来たかが、一日の幸せ感の密度を高めていくように思います。「有り難う、お蔭様」この二つの心が自分のライフワークを豊かにしてくれている仏の心のようです。さて、今日はまた、ホームページ総閲覧者数10万名を超えた記念すべき日となりました。本当に多くの皆様に読んで頂けることに心から感謝申し上げた一日となったようです。友峰和尚より
2年前にブログを開始してから、明日あたりで総閲覧者数が10万人を突破しそうです。時折以前のブログを振り返って見るのも面白く、自分の行動パターンや老化現象の進み具合などが読み取れます。また、その時々に出会った方々との出来事も話題として書き残しているので、皆様も是非、昔を振り返って見て頂ければと思います。写真などは特に、その場面の真を捉えている為、如実に伝わって来るものが有ります。「ずいぶんと若かったものだ」と思う写真や「いやいや当時はそのように考えていたのか」など、心の動きが実感できるのもブログの面白味なのかも知れません。一見、自分の日記のようでもありますが、エッセイなども含めて人間模様が伝わって来るような気がします。これからも書き続けて行ければと念じています。私用で福井在住のお茶華の先生に久しぶりに電話した折、和尚のブログを見て下さっているとの事で、大変嬉しく思ったものでした。今日は寶勝寺・寺カフェがお休みだったので、疎遠になっていた方々に消息の電話をしたり、部屋の備品調達の買い出しに行っているうちに時間が過ぎてしまいました。外出してみれば、相変わらず金沢市内は平日にもかかわらず観光客の方々で賑わいを見せていました。この10日から木曜坐禅会を開始ししますが、金沢市を訪れる外国人の観光客の方々にも今後は参加して頂けたらと思っています。さてさて皆様もいちど街なかでの坐禅にトライしてみませんか?「安禅は必ずしも山水を用いず 心頭滅却すれば火もまた自ずから涼し」 どうぞ勇気を奮ってご参加ください。 風流ならざるところまた風流って心境を得ること間違いなしですぞ! 坐禅に来たれ!! 友峰和尚より
宗教界でも色々な本が発刊されていますが、今日は午後から「月刊住職」の取材がありました。現在、寺町には青年僧を中心とした「寺活」のグループが組織されており、西方寺様を会長に承証寺様、長久寺様、妙法寺様の4ヶ寺の住職が集まって「寺活」についての活動状況等が報告されました。
我々の宗派も最近では青年僧が活発に布教活動を展開しているわけですが、金沢市寺町寺院群は約60ヶ寺の各宗各派の寺院が集合している全国的にも珍しい地域だけに、今後の寺活が注目されています。そんな中での取材を受けたわけですが、各寺院の僧侶の方々から大変有意義なお話を聞くことが出来ました。和尚はアドバイザー的立場ですが、若き青年層の活躍を見守って行きたいものです。
このところ暖かい気候が続いていましたが、明日からは再び寒気が入って寒くなるとか。この時期「三寒四温」なる言葉が有りますが真にその通りで、暑くなったり寒くなったりしながら次第に過ごし易い春を迎えて行くようです。さて、大安禅寺から依頼されていた色紙書きも本日で全て仕上げることが出来ました。筆を持つ手もこれまでと違って軽快に動いてくれましたが、早春の暖かさが身も心もほぐしてくれているようです。それにしましても宿題はいくつになっても辛いものですね。友峰和尚より
なんとなんと22℃まで気温の上がった暖かい一日となりました。屋内に居るより外に出た方が気持ちが良く、時折強く吹きつける風の中に、仄かに桜の匂いを感じさせてくれました。もう確実に桜の開花準備が始まっているようです。天気予報では午後から雨模様とのことでしたが、予報に反して穏やかな一日となり、寺カフェを訪れる観光客に旅行を満喫されている様子をうかがい知ることが出来ました。午後からは野町の少林寺様を訪ね、その後は和尚を訪ねて来られた方々の応対となりましたが、日曜日という事もあってのんびりと過ごすことが出来ました。
この11日、東日本大震災発生から5年を迎えるという事で、当時和尚が描いた「津波」の作品を本堂に展示して11日の霊供養に備えました。テレビや新聞でも当時の悲惨だった震災状況が報道されています様に当時の恐ろしい光景がよみがえって来るようです。今改めて自分の津波の作品に接して見て当時以上にその悲惨さを思います。「津波」の絵は、東日本大震災を後世に伝えていくための震災メモリアル作品として、寺に保管して毎年展示していきたいと思います。寺カフェを訪れる方々にも是非、見て頂きたいと思っています。
一日を無事に終える時、心から感謝の念が湧いてきます。無事でいることの喜びと同時に、無事であることの難しさを感じ取るからかも知れません。最近は余りにも心を揺るがすような事件事故災害のニュースが多いだけに尚更の事です。せめて日曜日くらい、楽しいニュースを拝聴したいと願うものです。まもなく桜の季節!心待ちしているのは和尚だけではないようです。友峰和尚より
所狭しと並べられた春野菜!どの野菜も生き生きとしているように見えます。特に加賀野菜は有名ですから、特別コーナーなどを設けて地産の野菜を前面に出し、購買意欲を高めているようです。季節の移り変わりとともに食の嗜好物も随分と変わって行くもので、和尚も金沢に滞在する日々が続き最近では自炊も増えているので、食べ物には気を遣っています。料理を作るようになってから、料理番組がテレビで多く放映されている事に気づき、簡単な料理の作り方などを観て作っています。なかでも発酵食品が大変健康に良いということで、例えば味噌、醤油、酒、そして納豆等ですが、納豆に限っては和尚も出来うる限り毎日食べるように心がけています。これまでは鍋物中心に料理を作ってきましたが、これからは冷奴や菜花のお浸し、野菜サラダや春野菜の天ぷらなど、身体にやさしい簡単な料理を作ってみたいと思っています。
さて、今日は内孫の誕生日でしたが、残念ながら和尚は金沢での法務の為お祝いが出来ませんでした。いつの日かお祝いに孫に美味しい料理を作って上げられたらと、今から腕を磨いておきたいと秘かに念じています。まさか68歳になって自炊をするとは思ってもみませんでした。これまでいろんな人生の坂を登ってきましたが、これは「まさかの坂」です。しかしながら料理は、やってみると結構面白いものです。若き修行時代には典座(修行僧に料理を作る役)を長くやったものです。昔取った杵柄で、幾つになっても修行と思って頑張って美味しい料理作りに挑戦していきたいと思います。芭月ちゃんお誕生日おめでとう!友峰和尚より
スノードロップ
早朝より寺内外のお掃除や強風で痛んだ簾などの架け替えなどをしているうちに、あっという間に午前中が過ぎてしまいました。「寸暇を惜しんで」という言葉が有りますが、真にもって「光陰矢の如し」です。午後からは「寳勝寺ふれあいパーク霊苑改葬工事」の打ち合わせ会議が有りましたが、こちらもあっという間に時間が過ぎて行きました。一日は24時間しかありません。あがいても、もがいても、限られた時間内での実務行動ですから、いかに心を集中させて時間を適切に使うかが和尚に問われ続けているようです。人生は須らくタイムリミットの中で生きている事をしみじみと納得する今日この頃です。
クリスマスローズ
皆様に於かれましては、一日の時間を十分に使い切って充実した毎日をお過ごしの事と思いますが、今日のように天気が良く気温も上がってきますと、俄然元気が出てくるものです。特にこの時期は健康管理の為の運動が欠かせない所で、最近では和尚も努めてストレッチ運動を心掛けています。ニュースやテレビ番組などで健康に関する情報を注視するようになるのも、歳のせいなのかも知れませんね。
さて、寺カフェも春の季節を迎えるにあたってメニューに紅茶やハーブティを加えることになり、業者さんに商品のデモンストレーションをしてもらいました。ハーブの香りとその風味で、一日の疲れがいっぺんに癒された素敵なティータイムとなりました。お茶を頂きながら、パリで個展を開催した頃のことを思い出していました。友峰和尚より
今日、三月三日は桃の節句、ひな祭りです。先般、バレンタインデーの日に内孫がプレゼントしてくれた手作りのチョコレートを、今も食べずに大切に持っています。と言うより、食べるのが惜しいのです。和尚の子供の頃の桃の節句と言えば、決まって母があられを炒ってザラメの砂糖で味付けしたものと甘酒を必ず作ってくれたものでした。学校から戻るとあられを炒る香ばしい匂いが寺内に立ち込めていて、とても嬉しかったのを思い出します。それが今では5歳の孫が手作りチョコレートをくれるのですから、それはもう貴重な和尚の宝物となっています。勿論お手紙付きのチョコレートでしたから、手紙も大切に飾ってあります。
そもそも「桃の節句」の始まりとその意味ですが、調べてみますと、昔の人々の生活と四季の移り変わりとの間に密接な関わりを持っていたことがわかります。お雛飾りやお供え物のあられ、三色の菱餅、甘酒などの意味もしかりで、眼に見えない神様にお供えをして子供達の成長や作物の豊穣を願ったわけで、心のこもったお祭りです。神様たちも喜び!子供達も喜び!家族も喜ぶ!という事で「めでたし、めでたし」です。何と言いましても子供達の喜ぶ笑顔が一番です。そしてまた今日は「耳の日」でも有るとか。誰かさんが言いました、聖人の聖の字は「耳が大きく口が小さい」と。その意味とは、賢い人は他人の意見をよく聞いてあげ、多くを語らないから「聖」という字になったとか、嗚呼!なんとも耳の痛い話でした。友峰和尚より
本当に目まぐるしく気候変動が続いていますが、皆様お元気にお過ごしでしょうか? 今日は臨済宗妙心寺派滋賀北陸教区・出向宗務支所長会が大安禅寺で開催されましたが、その目的は、大本山妙心寺宗務本所総務課の教区新宗務所長に対しての事務説明会でした。ここまでで既に何となく堅苦しい話ですが、寺院の事務のスムーズな遂行も大切ですし、特に近年は色々な問題が噴出してきている為、寺務伝達は丁寧に行わなければなりませんね。
ニュースでは、なでしこジャパン初戦敗北を大きく報じていましたが、「論じるは易く、戦うは難し」で、そんな簡単に勝てるものでは有りませんよ! ましてグループ戦ですから尚更の事です。和尚も学生時代は少林寺拳法をやっていましたが、東京武道館での全国大会前夜などは全身が緊張感に包まれ、平常心を保つためのメンタルトレーニングに集中していたのを思い出します。普段の力を十二分に発揮するには並々ならぬ精神力と集中力と身体調整力が不可欠ですから、それがグループとなれば更に難しいものだと思います。試合解説者の論評で試合の風向きが変化する事もあるくらいですから、選手の酷評を避けてもっと前向きな解説を願いたいと思ったものでした。また、ミランで戦っている本田圭佑選手のように、マスコミやファンから幾度となく酷評されても屈せず、信念のファインプレーを見せつけてくれる選手も欲しいものですが。テレビから応援している者に向けて、勝っても負けても次の試合に繋げる元気を頂きたいものです。なでしこジャパン頑張れ!! 和尚がついているダス! 友峰和尚より
今日から弥生3月です! 大いにリフレッシュしながら青春しましょう!! 「青春とは心の若さである」とはドイツの詩人サミュエル・ウルマン氏の言葉です。和尚も同感ですね。心などは百年経っても老いないと思いますよ! 言い換えれば永遠に「無心」なのですから、無心の心で頑張って参りましょう。
檀信徒様の年忌法要のようす
今月はお彼岸会と涅槃会が予定されていますように供養月でも有りますから、皆様に於かれましても御先祖の御供養を願いたく思います。僧侶の法務の三本柱として「読経と坐禅と作務」が有りますが、とりわけ御霊の供養ほど自分の命の存在を感じる時は他に有りません。自分がどこから来たのか、またその命とは何ぞやと問いかけます時、御供養を通して自然な形で自分の心に伝わって来るものが感じられます。
最近では、寺離れ現象から先祖の御供養をされる方が減少傾向にあるとか。色々な事情でやむを得ないこともありますが、近年、世の中で頻発する事件事故を思う時、少なからず祖先への敬虔な気持ちの荒廃が心配されます。人間としての存在感を得るに大切な日々の行いとして、先祖への感謝の礼拝が有ります。インドやチベットでは「五体投地」(ごたいとうち)と言って身体全体を大地にひれ伏して礼拝をされますが、禅宗寺院に於いても、法要の際には同じような礼拝が行われます。その意味は「報恩謝徳」を表すもので、一般的には合掌して祖先の霊の安心と感謝の心を示す動作でも有ります。いつも感謝の心で過ごすときが、一番清々しい気持ちでいられるようです。さて皆様!!「命をつなぐは絆」ですから、家族の絆、友人との絆、そして周りの皆さんとの絆を大切に、元気に頑張りましょうね。友峰和尚より
今年は閏年。2月は29日までということで、いよいよ3月を迎えます。この2カ月間をかけて今年の心構えを準備してきましたが、気持ち的には明日からが今年の本番といった感じを抱いています。世の中でお仕事をされている方々も、おそらくは和尚と同じような感覚を持っておられる事と思います。3月のことを昔は「弥生月(やよいつき)」と称し、その意味は「いやおい・・新芽の吹き出るさま」を言い表すように、心機一転して新たな自己発見に向かって邁進して行きたいものです。
寳勝寺では、3月10日の午後6時半から初めての坐禅会を開催しますが、「禅宗寺院としての面目は坐禅に有り!」と心得ているので、今後は状況を見ながら徐々に坐禅会の回数を増やして行きたいと思っています。現在7名の方が参加を希望されていますが、このブログを御覧の皆様も大いに参加頂きたいと思います。そもそも卑山の歴史を振り返り見ますと、以前には仏教禅宗哲学者・鈴木大拙氏、西田幾多郎氏など多くの居士大姉方々が坐禅会に参加されていたそうですから、再び寳勝寺で開催されることを嬉しく思っています。
一般的に「気楽に・気さくに・気分よく」という心境を得たいと思ったら「坐禅」が一番の近道です。禅宗の「禅」の意味はサンスクリット語の「ジィヤーナ」が音写されて「ゼン」となったと言われていますように、その意味は「静慮する、閑に心を見つめる、落ち着く」ですから、いつの時代にも適合する心の瞑想法だと思います。最近では太極拳やヨーガなども人気ですが、坐禅は布団が1枚あればどこでも出来る瞑想法なので、まずは坐り方の基本を修得して頂きたいと思っています。
坐禅とは自己との新たな出会いの場でも有ります。清々しい自分の心と出会ってみませんか?3月は坐禅修練期でも有りますので、皆様の大いなるご参加をお待ちしております。今という 今こそ今が 大事なり 大事の今が 生涯の今! 坐禅に来たれ! 友峰和尚より